スーペル中延に「リージェント」「マリオット」進出?!?!

スーペル中延をいつものように散歩していると。


街を揺るがす一大事に遭遇。






なんと、リージェントとマリオットとが相次いでスーペル中延に進出!!(?)

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燦然と輝く「リージェント」の銘。






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さらに黄金に輝く「マリオット」銘板。






真相は一体!?

 
※このエントリーは「ノン・フィクション」でありますが、実在する人物や団体とは一切関係ないかも知れません。
 

中延に同潤会アパートがあった

何ヶ月か前から書こうと思ったまま放置していたトピックから。最近イタリアネタで埋めていたのでたまには「スーペル中延」について。。。

3ヶ月ほど前、ポストに投げ込まれていた区役所からの広報紙。「まちづくりNews」ですと。
  
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最近、近くに防災ひろばが出来たり、防災資材倉庫を備えた区役所職員寮が出来たりと、防災インフラへの投資が盛んな東京都品川区。なのでひととおり目を通してみようかとページをめくってみると。。。

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気になる表記。。。。。「中延。。。。(旧同潤会)地区」ですと??!?


はて、中延に同潤会アパート絡みの再開発計画どころか、まずは『同潤会アパート』があったことすら「???」

で、検索検索。。。

首都圏総合計画研究所のサイトから引用。


東中延同潤会狭小老朽分譲住宅地の整備改善に係る事業方策検討調査
本年度当研究所において密集事業導入を検討している東中延1・2丁目、中延2・3丁目地区内には、大正末期~昭和初期に立てられた同潤会荏原住宅(木造2階建)があり、著しく老朽化している。本調査では同住宅及び周辺の現況を調査するとともに、整備手法に関する検討を行った。


これが「まちづくりNews」が対象としている地域のプロジェクトらしい。ここでも「同潤会荏原住宅」とはっきり表記されている。

同潤会というと日本の近代建築史に明るくなくても40代くらいから上の世代ではご存じな方も多い「代官山同潤会アパート」や「表参道同潤会アパート」など、日本の住宅建築ではメルクマークとなった建築を残した住宅建設組織。代官山アドレスや表参道ヒルズなどの都市再開発計画によってこれらの建物は殆ど姿を消したけれども、関東大震災以後の帝都に近代住宅を普及させるきっかけとなった、いまでいえば住宅公団のような役割を持った機関。

その同潤会と中延にどんな接点が????

ということで現地調査!

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一戸建ての住宅が集まっている街区だけど、その家と家の間の道がやたらと細い。道というより通路。車なんかとても入れない。しかも写真をよく見ると、昔ながらの手動ポンプ式井戸が。さらにその回りには昔は共同の水場だった?と思わせるような囲い。時間を超えて水場を囲んでのにぎやかな雑談が聞こえてきそうな一角。

実はまさしくこのエリアのすぐ横を歩いて、何度も戸越銀座に買い物へ行っていたのだった!!


さて、ネットでさらに検索してみると。

いるんです。詳細に調べておられる方が。これ中延住民では知らないことが非常識なくらいの常識??

その詳細な調査結果を拝借しつつ書き進めると、この中延にも同潤会アパートがあったことは間違いないらしい。

XWIN II Weblog 「同潤会 荏原普通住宅地」より引用の東京府荏原郡荏原町地図(昭和4年発行)



この地図中央から上半分にあるなんとも田園都市を思わせる環状の街並み。これが同潤会住宅。

これは決して構想や中断によって実現しなかった住宅計画ではなくて、きちんと家が建ち、人が住み、営みがあった地域。大正15年の東京府組織一覧に「平塚診療所(荏原郡平塚町中延同潤会住宅内)」とあって、診療所も設けられるほどの人口密集があったと分かる。

品川区中延が位置する東急池上線沿線や大井町線沿線は大正12年の関東大震災をきっかけとする帝都復興に向けて住宅地が次々と開拓されていった、という歴史をうんぬん、と目黒区や品川区の歴史で読んだ話と一致している。

そういえば自分の母校、東工大も関東大震災で蔵前にあったキャンパスから大井町線大岡山駅に移転してきたと在学時に教わった。そのときに身に付いた知識は「化学実験用の薬剤とか窯業の実験炉が沢山あったために火を出して、当たり一円焼け野原にしたので蔵前から追い出された」だったけど。

さて、中延同潤会住宅があったという上記地図のあたりを今日のGoogle Earthで見てみる。

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地上を歩いて感じたとおり、屋根が周りとは明らかに違う並び方をしている。戦後、同潤会が建てた元の建物は殆ど建て変わってしまったけど、僅かに残された過去の形跡が家の並びにはっきりと。丁度昭和4年発行の地図にある環状部分の左下部分4分の1に相当する。なるほどあの家と家の間隔では防災のために再開発が必須。そこで冒頭の「まちづくりNews」になるわけですの。

人の営みと苦労がぎゅうぅっと詰まっているのがこの町の風情なのだな、と。

「スーペル中延」、やはり奥が深い。
  
 

「散歩の達人」3月号は中延・荏原町・戸越銀座・武蔵小山特集

タウン誌「散歩の達人」の発行元が「交通新聞社」だと初めて知った。JR時刻表とか鉄君向けの雑誌「鉄道ダイヤ情報」を発行している会社だ。

その「散歩の達人」最新号(22年3月号)が「戸越銀座、中延、武蔵小山」特集なのだ。

旗の台、荏原町、戸越公園とかのお店もエントリーしているから、周囲一帯、ということらしいけどね。

ここいらは商店街が接続しちゃいあう位に地理的に近いので、住んでいる人間の行動範囲同様、一体が巨大な商業圏になっている。すなわち「スーペル中延」なのである。

雑誌に紹介されている通り、エリアも個別のお店も密度濃いですよ。一度お出かけあれ。

巻末に掲載されているマップ通りに、東急大井町線・池上線の「旗の台」駅を起点に荏原町商店街を通り抜けて、中延にまでたどり着けば、東急大井町線・都営浅草線「中延」、東急大井町線「戸越公園」、東急池上線「戸越銀座」、東急目黒線「武蔵小山」とひたすらに商店街の中を歩いて周遊できる。東京で商店街がまだこれだけの威容を保てているのかとびっくりするはず。

雑誌の紹介では書かれていないことだけど、それぞれの街の特色を店舗構成で簡単にまとめると、武蔵小山は物販中心、中延(荏原中延含む)は飲食が若干多め、戸越銀座はちょうどその中間でニュートラルな位置づけ。アーケードのある武蔵小山と中延は天気に関わらず移動が楽だけど、昔の商店街な雰囲気を味わいたければ、アーケードがない戸越銀座や荏原町の方がむき出しのレトロ商店街。と言ったところ。こういった比較をしながら見て回るのも楽しい。

これにあと(いくつかに分散してもいいから)ある程度まとまった収容台数を持つ駐車場を作る物理的・経済的余裕があったなら、21世紀でも通じる魅力的な巨大リージョナルショッピングセンターになったのに、といつも思う。商店街にとっては(23区内という地価ゆえ)大規模な投資になってしまう駐車場のようなインフラだと誰がその投資をするか、運営するか、収益を得るか(得られるのか)という根幹の問題も含めた色々な障害があるのは否めない。なので、武蔵小山「パルム」以外は広域集客のために駐車場を持たないのはちょっと残念。あと商店・飲食以外のディスティネーションになるものも欲しい。もともと東急各線などで交通の便は良いから、自動車に依存しないカーボンフリーな時代に向かって、また存在価値を高めることが出来たら良いね。
 
 

よさこい祭り

いかん!さぼっていた!!   ブログの更新(涙)

いつの間にか政権交代しているし。

ということで(謎)、今日の中延商店街は「よさこい祭り」である。

ナゼ、中延でよさこい祭りなのか?  知りません。。。。

でも第三回目だそう。

周辺の小学校の生徒達が先生の号令一声で「移動」「整列」「準備」「おじぎ」とリモコンされるのはなかなか楽しかった。こういう人が集まるイベントでは踊りよりも人の動きが面白い。

東京近郊にはよさこい踊りマニアが作るグループというのがいくつかあるそうで、祭りにゲスト参加。こちらはグループ毎の振付や小道具が凝っていて、大きな旗を振り回して商店街のアーケードにぶち当てている人がいました(笑)。

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夏休みの課題

近所の空き地。

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周りに打ってある杭の上に、3本おきくらいの間隔で3つ、こんなものが。

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近づいて見ると、ドリアンの皮を乾燥させたものに、黒マジックで
「どりあン」
と書いてある。

久々に頭の中が?マークで満たされ、しばらく眺めてしまった。

立てた仮説は3つ。

①近所に住む東南アジア出身で日本語を勉強中の3人組が、勉強の一環として制作、出来がよく(実際は一文字間違っているが)廃棄するのがためらわれたため、たまたま目についた杭に放置した。

②この土地はエスニック料理店がオープンする予定の場所である。店名は「どりあン」。この件は開店前のPRの一環である。

③近所に住む小学生が、夏休みの課題で制作したインスタレーションである。